2012年08月03日
やまびこの鐘
【読み方:やまびこのかね】
姉妹都市の神戸市から贈られたという。
那覇市役所の最上階にあった鐘。正確にはオルゴールらしい。
朝6時:さくらさくら
正午:われは海の子
夕5時:ふるさと
夜9時:てぃんさぐの花
夜9時に鳴らすことに苦情があったのか、「てぃんさぐの花」は
ラジオで流されていたので、ご記憶のかたも多いと思う。
筆者は市役所に近いところに住んでいたので、
街の喧騒の中でもやまびこの鐘の音が聞こえていた。
「ああもうこんな時間なんだな」と時計代わりにもなっていた。
新築の那覇市役所庁舎には設置の予定はなく、
今後鳴らされる見込みはないらしい。なんだか寂しいものを感じる。
せっかくだから、鐘の音を録音して音声ファイル化してもいいと思う。
那覇市役所のホームページとかで配布してもらえるとありがたい。
付記:
新築した那覇市役所庁舎にも、やまびこの鐘は設置された。
鳴らす時間や曲順も変更されている。
午前9時:さくらさくら
正午:ふるさと
午後3時:われは海の子
午後6時:てぃんさぐの花
姉妹都市の神戸市から贈られたという。
那覇市役所の最上階にあった鐘。正確にはオルゴールらしい。
朝6時:さくらさくら
正午:われは海の子
夕5時:ふるさと
夜9時:てぃんさぐの花
夜9時に鳴らすことに苦情があったのか、「てぃんさぐの花」は
ラジオで流されていたので、ご記憶のかたも多いと思う。
筆者は市役所に近いところに住んでいたので、
街の喧騒の中でもやまびこの鐘の音が聞こえていた。
「ああもうこんな時間なんだな」と時計代わりにもなっていた。
今後鳴らされる見込みはないらしい。なんだか寂しいものを感じる。
那覇市役所のホームページとかで配布してもらえるとありがたい。
付記:
新築した那覇市役所庁舎にも、やまびこの鐘は設置された。
鳴らす時間や曲順も変更されている。
午前9時:さくらさくら
正午:ふるさと
午後3時:われは海の子
午後6時:てぃんさぐの花
2012年08月02日
モモト
沖縄をテーマにした季刊のグラフ誌。2009年冬に創刊。
誌名の由来は...あえて、ここでは伏せておくので、紙面かホームページで見ていただこう。
写真をふんだんに使って、沖縄の自然・文物・人物を紹介する。
時にはありし日の沖縄、またある時には現在進行形の沖縄の姿を描く。
筆者は創刊号から購読しているが、どれも沖縄の「雰囲気」をうまく伝えている。
通巻10号から表紙ロゴがカタカナ表記の「モモト」に変わった。
編集方針も変わったようで、これからの展開に注目したい。
【参考リンク:】
モモトのホームページ
無料公開のカレンダー画像がとてもうれしい
誌名の由来は...あえて、ここでは伏せておくので、紙面かホームページで見ていただこう。
写真をふんだんに使って、沖縄の自然・文物・人物を紹介する。
時にはありし日の沖縄、またある時には現在進行形の沖縄の姿を描く。
筆者は創刊号から購読しているが、どれも沖縄の「雰囲気」をうまく伝えている。
通巻10号から表紙ロゴがカタカナ表記の「モモト」に変わった。
編集方針も変わったようで、これからの展開に注目したい。
【参考リンク:】
モモトのホームページ
無料公開のカレンダー画像がとてもうれしい
2012年08月01日
メリケン粉をばらまく風習
【読み方:めりけんこをばらまくふうしゅう】
春の卒業シーズン、沖縄の中学や高校で奇妙なことが行われる。
卒業生同士が、メリケン粉(薄力・強力は問わない)をふりかけ合う。
または、在校生が卒業生へふりかける。
もったいない。
せっかくの学生服が台無しだ。
父兄も迷惑だ。
いったい、何が原因なのか?
一説には「学生運動」が原因というものがある。
でも、今の学生たちは学生運動なんて知ってるはずがない。
きっと、ただなんとなくやってるのだろう。
先生方も「周囲に流されてばかりいると詐欺師やカルト宗教とかに騙されますよ」
ぐらいにキツくいっておいたほうがいいと思う。
「もったいない」ぐらいでは若者は従わないような気がするので。
【参考リンク】
沖縄の悪しき風習
春の卒業シーズン、沖縄の中学や高校で奇妙なことが行われる。
卒業生同士が、メリケン粉(薄力・強力は問わない)をふりかけ合う。
または、在校生が卒業生へふりかける。
もったいない。
せっかくの学生服が台無しだ。
父兄も迷惑だ。
いったい、何が原因なのか?
一説には「学生運動」が原因というものがある。
でも、今の学生たちは学生運動なんて知ってるはずがない。
きっと、ただなんとなくやってるのだろう。
先生方も「周囲に流されてばかりいると詐欺師やカルト宗教とかに騙されますよ」
ぐらいにキツくいっておいたほうがいいと思う。
「もったいない」ぐらいでは若者は従わないような気がするので。
【参考リンク】
沖縄の悪しき風習
2012年07月31日
門中
【読み方:むんちゅう】
沖縄一般の「一族」という概念。血縁関係に限らず傍系も含める場合がある。
法事や盆、清明祭といった祖先に関連する行事の際に集まる単位、とでも言おうか。
原則として父系の親族のつながりを示すので、「男尊女卑だ」と問題視する人もいる。
門中の規模は、お墓に反映される。
古くから続く門中墓は巨大で、太平洋戦争当時に爆撃されたり陣地に築かれた
トーチカに間違われたという話も誇張ではない。
こうして門中は大きくなっていくものだが、大きくなりすぎると行事ごとに
身動きがとりにくくなり大変なので適当なところで分家され、門中墓も「分け」られる。
でもこうして門中墓が増えていくと...どうなるんでしょうね?
沖縄一般の「一族」という概念。血縁関係に限らず傍系も含める場合がある。
法事や盆、清明祭といった祖先に関連する行事の際に集まる単位、とでも言おうか。
原則として父系の親族のつながりを示すので、「男尊女卑だ」と問題視する人もいる。
門中の規模は、お墓に反映される。
古くから続く門中墓は巨大で、太平洋戦争当時に爆撃されたり陣地に築かれた
トーチカに間違われたという話も誇張ではない。
こうして門中は大きくなっていくものだが、大きくなりすぎると行事ごとに
身動きがとりにくくなり大変なので適当なところで分家され、門中墓も「分け」られる。
でもこうして門中墓が増えていくと...どうなるんでしょうね?
2012年07月30日
は行インデックス
2012年07月30日
源為朝
【読み方:みなもとのためとも】
平安時代末期の武将。鎌倉幕府を興した源頼朝の叔父にあたる。
巨漢で弓の名手だったと伝えられている。
時の勢力争いに敗れ伊豆大島に流された後、沖縄に渡ったという伝説がある。
そして、彼の子が沖縄の最初の王「舜天」になったとも。
勇猛果敢で痛快無比の活躍、といったスーパーヒーロー的なキャラなので昔から人気があったようで、
「南総里見八犬伝」で有名な滝沢馬琴も「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」という作品を残している。
しかも、当時は「八犬伝」より「椿説弓張月」のほうが人気があったという。
江戸時代の当時にしては沖縄についてかなりリサーチされており、
当時も沖縄ブームがあったということが垣間見えて非常に興味深い。
さて、かんじんなのは伝説の真偽はいかに?ということである。
沖縄には「源為朝公上陸之趾」というのがある。
「運天」という地名は為朝が「運を天にまかす」と言ってたどり着いたことが由来なのだとも言われている。
ところが、為朝が沖縄に渡りそうな頃の沖縄は農耕社会がやっと根付いたような状況だったようだ。
按司と呼ばれる豪族たちが勢力争いができるほどにまだ成長してなかったように思われる。
そんな中に歴戦の勇士がやってきては、大変なことにならないだろうか。
残念ながら、為朝伝説は後世に作られたものといわざるを得ないだろう。
それでも、夢はあっていい。
「椿説弓張月」を面白く読み追えた筆者としても「本当だったらいいな」と強く思う。
平安時代末期の武将。鎌倉幕府を興した源頼朝の叔父にあたる。
巨漢で弓の名手だったと伝えられている。
時の勢力争いに敗れ伊豆大島に流された後、沖縄に渡ったという伝説がある。
そして、彼の子が沖縄の最初の王「舜天」になったとも。
勇猛果敢で痛快無比の活躍、といったスーパーヒーロー的なキャラなので昔から人気があったようで、
「南総里見八犬伝」で有名な滝沢馬琴も「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」という作品を残している。
しかも、当時は「八犬伝」より「椿説弓張月」のほうが人気があったという。
江戸時代の当時にしては沖縄についてかなりリサーチされており、
当時も沖縄ブームがあったということが垣間見えて非常に興味深い。
さて、かんじんなのは伝説の真偽はいかに?ということである。
沖縄には「源為朝公上陸之趾」というのがある。
「運天」という地名は為朝が「運を天にまかす」と言ってたどり着いたことが由来なのだとも言われている。
ところが、為朝が沖縄に渡りそうな頃の沖縄は農耕社会がやっと根付いたような状況だったようだ。
按司と呼ばれる豪族たちが勢力争いができるほどにまだ成長してなかったように思われる。
そんな中に歴戦の勇士がやってきては、大変なことにならないだろうか。
残念ながら、為朝伝説は後世に作られたものといわざるを得ないだろう。
それでも、夢はあっていい。
「椿説弓張月」を面白く読み追えた筆者としても「本当だったらいいな」と強く思う。
2012年07月29日
マジムン
魔物。悪霊。お化けや妖怪の中でも悪性のものをいう。
TV「琉神マブヤー」に愛嬌のある「マジムン軍団」というのが出てくるけど、
民間伝承に出てくるマジムンはシャレにならないぐらい怖い。
総じて股をくぐろうとしてきて、股をくぐられた人間は死んでしまう。
他にも、とんでもないものを食べさせられたり何十kmも遠くに置いていかれたりする。
筆者が聞いた話によると、身体から魂を引き抜かれてグルグル振り回されたりした、というのもある。
(※信じる信じないはご自由に)
映画「ウンタマギルー」も、マジムンが出てくる。
意外かもしれないが、沖縄はスピリチュアルホラーの宝庫でもあるのだ。
ちなみに、FM沖縄のお昼の人気番組「ハッピーアイランド」で「怖い話」の特集が組まれることがある。
のどかなお昼、パーソナリティの多喜さんの明るい声で読まれているだけに、かえって恐怖感が増す。
採用される投稿内容の怖さはハンパない。マジムンの出てくるエピソードは映画にできるレベル。
お昼の眠気覚ましにもなるので、一度は聞いてみることをおすすめする。
TV「琉神マブヤー」に愛嬌のある「マジムン軍団」というのが出てくるけど、
民間伝承に出てくるマジムンはシャレにならないぐらい怖い。
総じて股をくぐろうとしてきて、股をくぐられた人間は死んでしまう。
他にも、とんでもないものを食べさせられたり何十kmも遠くに置いていかれたりする。
筆者が聞いた話によると、身体から魂を引き抜かれてグルグル振り回されたりした、というのもある。
(※信じる信じないはご自由に)
映画「ウンタマギルー」も、マジムンが出てくる。
意外かもしれないが、沖縄はスピリチュアルホラーの宝庫でもあるのだ。
ちなみに、FM沖縄のお昼の人気番組「ハッピーアイランド」で「怖い話」の特集が組まれることがある。
のどかなお昼、パーソナリティの多喜さんの明るい声で読まれているだけに、かえって恐怖感が増す。
採用される投稿内容の怖さはハンパない。マジムンの出てくるエピソードは映画にできるレベル。
お昼の眠気覚ましにもなるので、一度は聞いてみることをおすすめする。
2012年07月28日
ホテル・ハイビスカス
仲宗根みいこ(初期は谷上みい子名義)さん原作のコミックとその映画化作品。
架空の民宿「ホテル・ハイビスカス」の人たちと周囲の人間模様を描いている。
ほのぼのとした雰囲気の中に、沖縄の昔と今、戦争と平和、人種問題なども盛り込まれている。
重たいテーマになりつつも登場人物はみんな明るい。
(1)コミック
何度か出版社を変えて発売されている。ほとんど絶版か品切れになっている。
増刷を待つか、古本屋を廻るか悩ましいところだ。
ここはぜひ、作者のためにもちゃんと購入してあげたいところなんだけど。
(2)映画
中江裕司監督による2002年公開の映画。
コミックをベースに、明るい雰囲気を取り出したホームドラマ風のストーリーになっている。
かなりファンタジーな内容もあるけど、理屈をこねながら見る映画じゃないからこれでいいのだ。
ちなみに、映画のロケ地となったのは名護市辺野古である。
ファンとしては、仲宗根みいこさんの新作が待ち遠しい。
架空の民宿「ホテル・ハイビスカス」の人たちと周囲の人間模様を描いている。
ほのぼのとした雰囲気の中に、沖縄の昔と今、戦争と平和、人種問題なども盛り込まれている。
重たいテーマになりつつも登場人物はみんな明るい。
(1)コミック
何度か出版社を変えて発売されている。ほとんど絶版か品切れになっている。
増刷を待つか、古本屋を廻るか悩ましいところだ。
ここはぜひ、作者のためにもちゃんと購入してあげたいところなんだけど。
(2)映画
中江裕司監督による2002年公開の映画。
コミックをベースに、明るい雰囲気を取り出したホームドラマ風のストーリーになっている。
かなりファンタジーな内容もあるけど、理屈をこねながら見る映画じゃないからこれでいいのだ。
ちなみに、映画のロケ地となったのは名護市辺野古である。
ファンとしては、仲宗根みいこさんの新作が待ち遠しい。
2012年07月27日
ペリーバス停の謎
【読み方:ぺりーばすていのなぞ】
ペリーとは、もちろん黒船を率いて江戸幕府に開国を迫ったあの人である。
その際、沖縄にも駐留していたというのは意外と知られていない。
ペリーが上陸したのは那覇市の泊港付近で、現在そこに記念碑が建っている。
その場所とは離れたところに、「ペリー」と呼ばれている地区がある。
筆者が子どもの頃、バスで母方の親戚を訪ねていく際に、「ペリー」というバス停があった。
これは、現在の那覇市の「山下町」にあたる。
「ペリー」バス亭の近辺には「ペリー美容室」「ペリー内科」という看板も見かける。
ペリーとここには何かあるのか…
子どもの頃はどう調べていいのか皆目検討がつかなかった。
戦後、米軍統治下に「山下町」が旧日本軍の山下将軍を連想させるのが嫌だったのか「ペリー地区にせよ」と地名を変えさせられたのが発端であった。しかし、ほどなくして琉球政府により元の山下町に戻されたという。
なんだったんだ、いったい。
現在は「ペリー」バス停もいつのまにか「山下」バス停に変更されてしまった。
今となっては、珍しいカタカナのバス停として残されてても良かったのかもしれない。
ペリーとは、もちろん黒船を率いて江戸幕府に開国を迫ったあの人である。
その際、沖縄にも駐留していたというのは意外と知られていない。
ペリーが上陸したのは那覇市の泊港付近で、現在そこに記念碑が建っている。
その場所とは離れたところに、「ペリー」と呼ばれている地区がある。
筆者が子どもの頃、バスで母方の親戚を訪ねていく際に、「ペリー」というバス停があった。
これは、現在の那覇市の「山下町」にあたる。
「ペリー」バス亭の近辺には「ペリー美容室」「ペリー内科」という看板も見かける。
ペリーとここには何かあるのか…
子どもの頃はどう調べていいのか皆目検討がつかなかった。
戦後、米軍統治下に「山下町」が旧日本軍の山下将軍を連想させるのが嫌だったのか「ペリー地区にせよ」と地名を変えさせられたのが発端であった。しかし、ほどなくして琉球政府により元の山下町に戻されたという。
なんだったんだ、いったい。
現在は「ペリー」バス停もいつのまにか「山下」バス停に変更されてしまった。
今となっては、珍しいカタカナのバス停として残されてても良かったのかもしれない。
2012年07月26日
ぶーさー
沖縄のじゃんけん。
筆者の父いわく、「男はぶーさー、女がじゃんけん」をするものだったという。
ぶーさーも、じゃんけんと同じく三すくみである。
「ぶーさー」でタイミングを合わせ、「しー!」で親指、人差し指、小指のいずれかを出す。
二本以上出してしまったり、他の指を出してしまうと負けになる。
・親指(父)……人差し指(母)に勝つが、小指(子)に負ける
・人差し指(母)…小指(子)に勝つが、親指(父)に負ける
・小指(子)……親指(父)に勝つが、人差し指(母)に負ける
出す指の例えが地域や時代で異なり、ローカルルールも多数ある。
・三すくみではなく、同じ手を出した人の多い/少ないでチーム分けに使った
・二回連続でないと勝ちにならない
・「ぶーさー」は最初の一回だけで、あとは「しっ!」「しっ!」と短く繰り返す
ぶーさーが遊ばれなくなった理由は定かではない。
一説には方言札の影響といわれたり、「遊び人」の悪いイメージが広がってしまったとも言われているがはっきりしない。
筆者の父の話によれば「番付ができるぐらい、ぶーさーの強い人弱い人がはっきりしてたり、この人にだけは勝てないというような相性もあった」という。
ためしに父とぶーさーをしてみたが、勝ち負けの判断に慣れてないので大変であった。それに、うっかりじゃんけんの手を出してしまうのでしょっちゅう負けになってしまった。
じゃんけんとは違う、ストイックなぶーさーを後世に残すためにも練習しなければと痛感する筆者なのであった。
筆者の父いわく、「男はぶーさー、女がじゃんけん」をするものだったという。
ぶーさーも、じゃんけんと同じく三すくみである。
「ぶーさー」でタイミングを合わせ、「しー!」で親指、人差し指、小指のいずれかを出す。
二本以上出してしまったり、他の指を出してしまうと負けになる。
・親指(父)……人差し指(母)に勝つが、小指(子)に負ける
・人差し指(母)…小指(子)に勝つが、親指(父)に負ける
・小指(子)……親指(父)に勝つが、人差し指(母)に負ける
出す指の例えが地域や時代で異なり、ローカルルールも多数ある。
・三すくみではなく、同じ手を出した人の多い/少ないでチーム分けに使った
・二回連続でないと勝ちにならない
・「ぶーさー」は最初の一回だけで、あとは「しっ!」「しっ!」と短く繰り返す
ぶーさーが遊ばれなくなった理由は定かではない。
一説には方言札の影響といわれたり、「遊び人」の悪いイメージが広がってしまったとも言われているがはっきりしない。
筆者の父の話によれば「番付ができるぐらい、ぶーさーの強い人弱い人がはっきりしてたり、この人にだけは勝てないというような相性もあった」という。
ためしに父とぶーさーをしてみたが、勝ち負けの判断に慣れてないので大変であった。それに、うっかりじゃんけんの手を出してしまうのでしょっちゅう負けになってしまった。
じゃんけんとは違う、ストイックなぶーさーを後世に残すためにも練習しなければと痛感する筆者なのであった。
2012年07月25日
ヒハツ
沖縄で使われる香辛料。正確には「ヒハツモドキ」らしい。
東南アジアに自生していたものが、沖縄にも伝わったものと思われる。
胡椒のような香りと、ピリッとした味がするのだが、コショウ科なので当然であろう。
筆者はあまり使わないのだが、たまに七味唐辛子の代わりに使うことがある。
黒胡椒よりは辛さがあとを引かないので、あっさりした料理に相性がいい。
ナントゥー餅の独特な風味も、ヒハツのおかげである。
さて、市販されているヒハツは似たような名前が乱立しててややこしい。
・ひばーち
・ヒファチ
・ぴーやし
・フィファチ
・ピパーチ
・ピパツ
…製法や販売元に違いがあるだけで、どれも同じヒハツである。
でも、各種のヒハツを購入して、味や香りを比べるのも面白いかもしれない。
東南アジアに自生していたものが、沖縄にも伝わったものと思われる。
胡椒のような香りと、ピリッとした味がするのだが、コショウ科なので当然であろう。
筆者はあまり使わないのだが、たまに七味唐辛子の代わりに使うことがある。
黒胡椒よりは辛さがあとを引かないので、あっさりした料理に相性がいい。
ナントゥー餅の独特な風味も、ヒハツのおかげである。
さて、市販されているヒハツは似たような名前が乱立しててややこしい。
・ひばーち
・ヒファチ
・ぴーやし
・フィファチ
・ピパーチ
・ピパツ
…製法や販売元に違いがあるだけで、どれも同じヒハツである。
でも、各種のヒハツを購入して、味や香りを比べるのも面白いかもしれない。
2012年07月24日
南風原町には津波がこない
【読み方:はえばるちょうにはつなみがこない】
2011年3月11日。誰もが記憶しているあの日。
筆者は仕事の予定を返上して情報収集につとめていた。
沖縄全島に津波注意報が発令されており、沖縄も緊張した雰囲気に包まれていた。
SNSに上がってきた情報によれば、地震で首都圏にも大きな影響が出ていることもわかった。
知人と連絡が取れるまで、不安でしかたがなかった…
数日後、筆者が南風原町在住の知人と会ったときのことである。
そこで、知人の「南風原町だけ津波注意報が出なかったんだけど...」という言葉にはっとした。
沖縄県内の市町村のうち、海岸線がないのは南風原町だけになっているということに。
かといって、必ずしも南風原町に津波が来ないということではない。
なるべく標高の高いところを目指すべきであろう。
さいわいにも、沖縄は大きな地震や津波が来たことは少ない。
それでも、用心は足りないということはないはずだ。
2011年3月11日。誰もが記憶しているあの日。
筆者は仕事の予定を返上して情報収集につとめていた。
沖縄全島に津波注意報が発令されており、沖縄も緊張した雰囲気に包まれていた。
SNSに上がってきた情報によれば、地震で首都圏にも大きな影響が出ていることもわかった。
知人と連絡が取れるまで、不安でしかたがなかった…
数日後、筆者が南風原町在住の知人と会ったときのことである。
そこで、知人の「南風原町だけ津波注意報が出なかったんだけど...」という言葉にはっとした。
沖縄県内の市町村のうち、海岸線がないのは南風原町だけになっているということに。
かといって、必ずしも南風原町に津波が来ないということではない。
なるべく標高の高いところを目指すべきであろう。
さいわいにも、沖縄は大きな地震や津波が来たことは少ない。
それでも、用心は足りないということはないはずだ。
2012年07月23日
ノグチゲラ
キツツキの仲間で、沖縄の県鳥。
明治時代に発見されたが、天然記念物に指定されたのは復帰時の1972年。
沖縄本島の他に生息地がない固有種のに冷遇もいいところである。
生態も不明な点が多いため飼育は困難が予想される。トキのような保護はできないだろう。
ところで、ノグチゲラの「ノグチ」って誰なのか?
「野口源之助」という人物が発見した、というのが通説にはなっているのだけれど
ノグチゲラを学会に発表したのは英国人のジェームズ・プライヤー氏で、野口氏は彼の通訳だったらしい。
彼は動植物採集も手伝ったらしいのだが、せっかく発見した新種に、通訳の名前をつけるだろうか?
ややこしいことに、プライヤー氏には「ノグチ」姓の内縁の妻がいたらしい。
だから、通訳の野口氏でなく連れ合いのノグチ女史が由来という説があるのだ。
むしろ、内縁の妻だからこそ通訳の名を借りたという可能性もある。
また、ノグチ女史は野口氏の近縁という可能性もあるが、いずれも裏づけとなる証拠はどこにもない。
そういった謎も抱えたまま、ゆっくりとノグチゲラは地球上から消え去ってしまおうとしている…
明治時代に発見されたが、天然記念物に指定されたのは復帰時の1972年。
沖縄本島の他に生息地がない固有種のに冷遇もいいところである。
生態も不明な点が多いため飼育は困難が予想される。トキのような保護はできないだろう。
ところで、ノグチゲラの「ノグチ」って誰なのか?
「野口源之助」という人物が発見した、というのが通説にはなっているのだけれど
ノグチゲラを学会に発表したのは英国人のジェームズ・プライヤー氏で、野口氏は彼の通訳だったらしい。
彼は動植物採集も手伝ったらしいのだが、せっかく発見した新種に、通訳の名前をつけるだろうか?
ややこしいことに、プライヤー氏には「ノグチ」姓の内縁の妻がいたらしい。
だから、通訳の野口氏でなく連れ合いのノグチ女史が由来という説があるのだ。
むしろ、内縁の妻だからこそ通訳の名を借りたという可能性もある。
また、ノグチ女史は野口氏の近縁という可能性もあるが、いずれも裏づけとなる証拠はどこにもない。
そういった謎も抱えたまま、ゆっくりとノグチゲラは地球上から消え去ってしまおうとしている…
タグ :自然
2012年07月22日
ネオパークオキナワ
沖縄本島北部、名護市にある動植物公園。
1990年代初頭に「名護動植物公園」としてオープン。
亜熱帯の鳥類を、大きなケージ内で放し飼いにするという大胆な試みで注目を集めた。
ところが、数年も経たないうちに閉園の危機に。
(入場者数が芳しくなかったとも、経営側の問題ともいわれている)
公園内のスタッフの尽力で運営が続く中、公園存続の署名運動やカンパが募られてなんとか閉園は回避された。
当時、筆者も寄せ書きに熱いメッセージをしたためた記憶がある。
「せっかくの動植物を人間の都合で翻弄していいのか。自然に恵まれた沖縄の人が一番やってはいけないことだ」云々。
現在は園内を軽便鉄道が走っており、色々なイベントも行われているようだ。
北部を観光する際には、ぜひ立ち寄ってほしい。
1990年代初頭に「名護動植物公園」としてオープン。
亜熱帯の鳥類を、大きなケージ内で放し飼いにするという大胆な試みで注目を集めた。
ところが、数年も経たないうちに閉園の危機に。
(入場者数が芳しくなかったとも、経営側の問題ともいわれている)
公園内のスタッフの尽力で運営が続く中、公園存続の署名運動やカンパが募られてなんとか閉園は回避された。
当時、筆者も寄せ書きに熱いメッセージをしたためた記憶がある。
「せっかくの動植物を人間の都合で翻弄していいのか。自然に恵まれた沖縄の人が一番やってはいけないことだ」云々。
現在は園内を軽便鉄道が走っており、色々なイベントも行われているようだ。
北部を観光する際には、ぜひ立ち寄ってほしい。
2012年07月21日
ぬちマース
沖縄が誇るブランド塩のひとつ。
「ぬち」とは「命」、「マース」とは「塩」のこと。まさしく「命の塩」というわけである。
パウダー状のそれは、ピンと塩辛い中に甘味や香ばしい風味を含んでおりとても味わい深い。
従来の電気生成塩と明らかに味が違うので、初めて使う際には少しコツを掴む必要がある。
ぬちマースの製造機械は、企業秘密ということでTVではモザイクがかかっている。
その機械を見たという方から話を聞くと、意外なほど原理は簡単らしい。
特許製法とはいえ、安易に真似されては困るのだろう。
今では、お菓子や美容品、スポーツ用途にも使われだしているぬちマース。
これからも、活躍の機会が増えていくことだろう。
「ぬち」とは「命」、「マース」とは「塩」のこと。まさしく「命の塩」というわけである。
パウダー状のそれは、ピンと塩辛い中に甘味や香ばしい風味を含んでおりとても味わい深い。
従来の電気生成塩と明らかに味が違うので、初めて使う際には少しコツを掴む必要がある。
ぬちマースの製造機械は、企業秘密ということでTVではモザイクがかかっている。
その機械を見たという方から話を聞くと、意外なほど原理は簡単らしい。
特許製法とはいえ、安易に真似されては困るのだろう。
今では、お菓子や美容品、スポーツ用途にも使われだしているぬちマース。
これからも、活躍の機会が増えていくことだろう。
タグ :食物
2012年07月20日
ニーニーズ
1980~90年代に活躍した漫才コンビ。
大学時代に出演したお笑いイベントで好評を博し、プロへ。
どこにでもいそうな、陽気なニーニーのイメージそのままの彼らは
TV番組や多くのCMに出演して、お茶の間でもおなじみにもなった。
1994年ごろに東京進出し、いくつかの番組に出演。
その中には、あの「タモリのSuperボキャブラ天国」もあった。
(出演時のネタは、彼らに敬意を表しあえて割愛しよう)
現在は解散し、ソロミュージシャンとしてそれぞれの活動している彼らだが、
沖縄お笑い界の「ニーニー」として、いつかまた再結成をしてほしくもある。
大学時代に出演したお笑いイベントで好評を博し、プロへ。
どこにでもいそうな、陽気なニーニーのイメージそのままの彼らは
TV番組や多くのCMに出演して、お茶の間でもおなじみにもなった。
1994年ごろに東京進出し、いくつかの番組に出演。
その中には、あの「タモリのSuperボキャブラ天国」もあった。
(出演時のネタは、彼らに敬意を表しあえて割愛しよう)
現在は解散し、ソロミュージシャンとしてそれぞれの活動している彼らだが、
沖縄お笑い界の「ニーニー」として、いつかまた再結成をしてほしくもある。
2012年07月19日
ナントゥー餅
【読み方:なんとぅーもち】
みそ味のお餅。
本来は旧暦の正月ごろに食べられるものだったが、今では年中店頭に並んでいる。
餅粉を水で溶いて、味付けして練ったものを月桃の葉の上にのせ、
白胡麻やピーナッツで飾ったものを蒸してできあがり。
沖縄のお餅は杵でついたりするものでなく、蒸してつくる方法が主流なのである。
ナントゥー餅は赤味噌で味付けられ、保存料代わりにヒハツを少し加えられている。
最近は黒砂糖で味付けられるのもあるけど、昔ながらの味わいも捨て難い。
こくのある味噌味にヒハツのピリッとした辛味がなんともいえない。
むかしはもう少し固かったように記憶している。
柔らかいムーチーに比べ、固くてスパイシーなナントゥーはお菓子というより
「保存食」に近いものだったのかもしれない。
みそ味のお餅。
本来は旧暦の正月ごろに食べられるものだったが、今では年中店頭に並んでいる。
餅粉を水で溶いて、味付けして練ったものを月桃の葉の上にのせ、
白胡麻やピーナッツで飾ったものを蒸してできあがり。
沖縄のお餅は杵でついたりするものでなく、蒸してつくる方法が主流なのである。
ナントゥー餅は赤味噌で味付けられ、保存料代わりにヒハツを少し加えられている。
最近は黒砂糖で味付けられるのもあるけど、昔ながらの味わいも捨て難い。
こくのある味噌味にヒハツのピリッとした辛味がなんともいえない。
むかしはもう少し固かったように記憶している。
柔らかいムーチーに比べ、固くてスパイシーなナントゥーはお菓子というより
「保存食」に近いものだったのかもしれない。
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